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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5935号 判決 1963年3月11日

判   決

東京都豊島区千早町二丁目二一番地

原告

吉川美枝子

右訴訟代理人弁護士

飯畑正男

同都練馬区豊玉北一丁目一四番地

被告

京北印刷株式会社

右代表者代表取締役

早田真朗

右訴訟代理人弁護士

古長六郎

田村恭久

右当事者間の損害賠償請求事件についてつぎのとおり判決する。

主文

1  被告は、原告に対し金一三万円およびこれに対する昭和三七年八月四日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告および被告の平等負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1 被告は、原告に対し金三六一、三七〇円およびこれに対する昭和三七年三月五日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え、2 訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、昭和三七年三月五日午後六時四〇分頃豊島区千早町二丁目二二番地先十字路において北から南に(長崎二丁目方面に)横断歩行中西から東に進行してきた訴外田地政弘が運転する普通貨物自動車(四―ろ―一一八四号)に衝突され、転倒して頭部外傷、門歯損傷、口唇部挫創、右頬部裂創等の傷害をうけた。

二、右傷害によつて、原告はつぎのとおり六一、三七〇円相当の損害をこうむつた。

(一)  昭和三七年三月五日から同月二〇日まで右傷害治療のため要町病院(豊島区要町一丁目九番地)に入院中および退院後引き続き同月二五日まで家政婦、附添婦賃料および交通費として訴外大倉寿子に支払つた金一七、一〇〇円

(二)  昭和三七年三月六日から同年四月三〇日までフランス刺繍業訴外古川静江方に事務手伝として雇われ、月六、〇〇〇円の割合で得べかりし給料の喪失額金一一、〇〇〇円

(三)  前同期間中前同訴外人のためにフランス刺繍工をして少くとも一ケ月六、一五〇円の割合で得べかりし賃料喪失額金一一、七〇〇円

(四)  上顎前歯折損治療のため同年五月六日馬来歯科医院(豊島区長崎三丁目一一馬来誠)に支払つた治療費金二二、〇〇〇円

なお、原告は、当時年齢三六歳の家庭の主婦であつて、十六歳の長女玲子と九歳の二男保とを擁するにもかかわらず前記入院中はもとより入院後も引きつづいて約二ケ月間訴外吉川平治の妻として、右両名の母として夫や子供の身のまわりの世話をすることができず、また顔面右頬部には長さ約四、五糎の傷痕を残すこととなつた。一家の主婦として将また女性の身として精神的にうけた苦痛は少なからぬものがあり、これが慰藉料は金三〇万円をもつて相当と考える。

三、しかして、訴外田地政弘の前記自動車運転は、前記自動車の所有者である被告会社の業務のため板橋方面に赴くためにしていたものであつたのであるから、被告は、前記自動車を自己のために運行の用に供したものというべく、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により、前段原告がこうむつた損害および慰藉料を支払うべき義務があるものである。

四、よつて、原告は、被告に対し前記損害金および慰藉料の合計三六一、三七〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和三七年八月四日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の遅延損害金の支払を求める。

五、被告主張の第二項前段の事実(過失責任の所在)は否認する。訴外田地は、幅員僅かに四・八〇米の道路を三〇粁以上の速度で進行してきたのであつたが、原告の長女玲子のみいちはやく身をかわしえたものの、同人において原告を制止するいとまもなく、訴外田地は原告に衝突するにいたつたのであつて、訴外田地の前方注視懈怠および十字路における一時停車または減速懈怠の過失という外はない。

被告主張の第二項後段の事実(入院費負担および病床見舞)のうち入院費負担および見舞品受贈の事実は認めるがその余の事実は争う。

被告訴訟代理人は、「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、つぎのとおり主張した。

一、請求原因第一項の事実は門歯損傷の点は知らないがその余は全部認める。同第二項(原告に生じた損害等の点)および同第三項(被告の帰責事由)の事実は不知。

二、本件事故は訴外田地政弘の過失によつて起きたものではなく、原告の注意懈怠によるものである。即ち、訴外田地は、時速四〇粁以内で進行していたが、前方八米ないし九米に原告および娘玲子が二人づれで横断しようとしているのを発見したので、直ちに減速して原告等の動静に注意し、安全を確認して通過しようとした。原告の娘玲子は、この時田地の自動車に気付き原告の進行を止めようとした。田地は当事者の位置、自動車の速度等からして原告らの前方を安全に通過することができるものと考え、自動車の進行を続け、原告らの前を通過した頃に「変だなあ」と思われる程度の音がしたので急停車してふりかえつたところ、原告が倒れていたのである。このように、原告は、娘の注意をきかず左右の自動車の進行に気をつかわず、又横断直前の街角の一時停止の標識に注意しなかつたのであるから、まさに歩行者としての過失を免れえないものである。また、被告は原告が要町病院に入院中の費用金二八、八七〇円を負担して支払い、入院中その病床を見舞つてジユース一打(金六三〇円相当)および果物盛籠一個(金一四五〇円相当)を見舞品として贈つたうえ、入院中毎日のように見舞つたのである。したがつて、損害額及び慰藉料の算定にあたつてはこれらを斟酌すべきである。

(立証関係)≪省略≫

理由

一、請求原因第一項(事故の発生および原告の負傷)の事実は、門歯損傷の点を除いて全部当事者間に争がなく、門歯損傷の点は、成立について争のない甲第四号証の一の記載によつて認めることができ、反対の証拠はない。

二、請求原因第二項のうち(一)、(四)の出費による損害および(二)、(三)の得べかりし給料または賃料の喪失による損害が原告主張のとおりであることは(証拠―省略)を合せ考えればこれを認めることができる。

三、そこで、被告の帰責事由の存否について判断するに、訴外田地の前記自動車運転がその所有者である被告会社の業務のため板橋方面に赴くためにされていたものであることは証人田地政弘の証言によつて明かに認められるところであるから、他に減免事由がない限り、被告は原告に対し前段認定の損害を賠償し、かつ後段認定の慰藉料を支払うべき義務あるものといわなければならない。

四、しかるに、(証拠―省略)を綜合考覈することは、本件事故の現場たる十字路は、略東西、南北に通じ、幅員いずれも約四・八〇米位の道路であつて、原告は北から南に、訴外田地の自動車は西から東に進行してきたのであつたが、訴外田地は、交叉点に入る直前に原告がその娘吉川玲子とならんで北から南に進行し、交叉点に入ろうとしているのを発見したので、ブレーキを踏んで時速二〇粁程度に減速し、多少ハンドルを右に切り、そのまま原告らの前を抜けて本件交叉点を通過しようとしたことおよび原告は同伴の長女玲子と話しながら進行してきたのであつたが、訴外田地の自動車にはねられるまでは、この自動車の進行してきていたことに全然気付かないで本件交叉点内に入り、その瞬間に右のようにはねられたものであることを認めることができ、格別反対の証拠はない。この事実関係からするときは、訴外田地は、本件十字路の交叉点に入るにさきだつて減速の措置をとり、かつハンドルを右に切ることによつて安全通過についての一応の注意をはらつたものといえないことはないけれども、既に暗くなつていたと認められる時刻(三月五日午後六時四〇分頃であること前認定のとおり)に本件のように極めて狭い十字路を自動車で通過するにあたり、左方から進行してくる原告らの人影を認めながら減速しただけで一時停車の処置をとつて通行の安全を確認しなかつたのは、なお十分に注意義務をつくしたものということをえないのであつて、過失の責を免れることができない。しかし、他面原告において田地の自動車にはねられるまでその右方から進行してきているのに気付かなかつたということは、殆ど同時にこの交叉点に入つたと認められる田地の自動車の進んでくる方向に原告が全然注意を払うことなく、交叉点に入つたということに帰し、歩行者として十字路横断についての注意を怠つたことの批難を免れることができないのである。そうしてみると、第二項の損害は、結局両者の過失が競合して生じたものに外ならないものというべくこの事情に当事者間に争のない入院費二八、八七〇円を被告が負担して支払つた事実を斟酌するときは、第二項認定の損害中被告が賠償すべき責任額は、金三万円と認めるを相当とする。

五、なお、原告が本件傷害をうけ、その主張するような事情によつて精神的に少からぬ苦痛をうけたことは容易に認めることができるところであるが、これに加うるに前段賠償額算定にあたつて斟酌した諸事情および当事者間に争のない入院中被告が見舞品等を贈つて相当鄭重に原告の慰藉につとめた事情を斟酌するときは、被告の責任たるべき慰藉料は、金一〇万円と認めるのが相当である。

六、以上のしだいであるから、本訴請求は、前認定の損害金と慰藉料との合計金一三万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明白である昭和三七年八月四日以降支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきである。よつて、民訴九二条、一九六条一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事部第二七部

裁判官 小 川 善 吉

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